大判例

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東京高等裁判所 昭和39年(う)1548号 判決

控訴人 吉川栄

弁護人 太田実

検察官 屋代春雄

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人太田実作成の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

原判決が挙示する証拠によると、奥村正は、昭和三二年から被告人の住居に隣接するその所有の東京都杉並区阿佐ケ谷四丁目八九四番地の宅地を賃借し、その上に建てられた建物の西側公道および南側私道に面する部分を店舗として青果物商を営んでいたが、その後いろいろのことから隣りに住む被告人との間がらが円満を欠くような空気になつていたところへ、昭和三六年の暮になつて、被告人から右の借地の実測面積が契約書に書かれた坪数より多いことを理由に契約のし直しの要求があり、その話が円滑に進まずいつまでも未解決の状態になつていたため、被告人と奥村との不仲が一層ひどくなつていたこと、そして、昭和三八年二月三日ごろ、被告人が奥村の承諾を得ることなしに同人方店舗の南側私道に面した部分に接して中古商品ケース、板戸、ガラス戸などを並べて置き、そのため奥村方店舗のこの部分は、客の出入りも商品の陳列もできない状態になり、この状態は同年四月に入つて被告人がその場所にブロツク塀を立てるまで続いたことが認められる。その他一件記録をつぶさに検討してみても、この認定に誤りがあるとは思われない。

ところで、論旨は、被告人は右のように物件を置いただけであつて別に威力を用いたわけではないと主張する(なお、論旨はブロツク塀の設置についても言及しているが、この点は原判決の認定外の事実であるから原判決を非難する理由にはなりえない。)。しかしながら、刑法第二三四条が人の業務を妨害する手段として規定する「威力ヲ用ヒ」とは、直接人に暴行を加えたり畏怖させたりする行為に限らず、一定の物的な状態を作為し、その状態のため人の自由な行動を不可能もしくは困難にするのもまたこれにあたると解すべきであつて、本件の被告人の行為のように、他人の店舗の道路に面する部分の前面に物件を一面に立て並べることは、たとえそれが他人の知らぬ間になされ、したがつて他人の現実の抵抗または反対を押し切つてなされたのではないにしても、かような物件を並べられた結果、客は出入りすることができなくなり、商品を陳列することも事実上できなくなるのであるから、やはり同条にいう「威力ヲ用ヒ」たことになるといわざるをえない。(営業中の商家の表に板囲いをしたのを威力を用いたのにあたるとした大正九年二月二六日大審院判決刑録二六輯八二頁参照)。それゆえ、原判決が「同人方店舗南側に接近する道路上に中古商品ケース外十七点位の家財道具箱を売物として並べ、右店舗南側に顧客の立入りを不可能ならしめ」たと判示してこれを「威力」にあたるとしたのは正当であつて、罪となるべき事実の摘示としてもそれだけで欠けるところはないといわなければならない。また、論旨は、奥村正の業務はなんら妨害されていないとも主張する。なるほど本件では奥村が店舗として使用できなくなつたのは南側私道に面する部分だけで、西側の公道に面する部分は従来どおり使用しているのであるから、被告人の行為によつて全面的にその営業ができなくなつたわけではない。しかし、二つの道路に面している店舗の一方の部分を外からふさがれることによつてその青果物商の営業成績にある程度の悪影響を生ずるであろうことは事の性質上見やすい道理であるばかりでなく(現に、原審における証人奥村正の証言によれば、そのために店の売り上げが滅じたことが窺えないでもない。)。業務妨害罪における業務の妨害とは、業務上損失を被らせるということではなく、業務を行なうことを妨げること、すなわち本件で言えば奥村が建物の私道に面する部分を店舗として利用できなくしたことそのことを指すものと解すべきであるから、たとえ一部であるにもせよ、被告人の行為によつてその業務が妨害されたことは明らかだといわなければならない。

次に、論旨は、被告人が前記のように物件を置いたのは奥村に賃貸していない被告人所有の幅七五センチ長さ四メートル六〇センチの土地の上で、これをそこへ置いたのは、当時被告人の妻が営んでいた薬局を改造する必要があり、かつ被告人方の倉庫および自動車車庫を改築することとしたので一時これらの物件を他の場所に置かなければならなかつたためであると主張するが、これは要するに被告人の原判示所為が違法なものでないことを主張する趣旨と解される。しかしながら、前に説明したように、被告人がそれらの物件を立て並べた場所は奥村正が従来平穏に私道に面して店舗として使用していた部分の前面でかような場所に本件の物件を置けば奥村方の営業に相当の障害を生ずることは明白であるのに、被告人がわざわざその場所に突如としてこれらの物を置かなければならなかつたやむをえない理由は、一件記録を精査してもなんらこれを発見することができず、そのことと被告人と奥村とが不和になつた従来の経緯とをあわせて考えると、被告人の本件所為はもつぱら奥村を困らせることを目的としたいやがらせの手段だと認めないわけにはいかない。したがつて、被告人の本件の所為が違法性を欠く正当なものであるとは到底いえず、そのことは、被告人が主張しているように右の物件を置いた場所が奥村に賃貸した以外の被告人の所有地であるかどうかという問題とはかかわりがないのである(自分の所有地だからなにをしてもかまわないという考え方は、本件の場合、いわゆる権利濫用の法理に照らして認めることができないこと、いうまでもない。)。論旨は、この点においても理由がない。

(裁判長判事 新関勝芳 判事 中野次雄 判事 伊東正七郎)

弁護人太田実の控訴趣意

一、被告人は威力を用い他人の業務を防害した事実はありません告訴人の告訴状によれば被告人は告訴人との間に昭和三十六年九月頃貸地の実測の結果告訴人家屋の敷地が契約面では七坪六五とあるが実測八坪九五(図面B、C)あつて一坪三合過分にある分についての権利金及び借賃等に関し円満解決に至らなかつたことに端を発し両者の関係が不仲となり又法廷に於ける告訴人の陳述によれば当時被告人が提唱した杉並プール商店街の結成に告訴人が快く協力しなかつたこと等を根に持つて今次の業務防害をしたと思われると陳述して居ますが、被告人としてはそんなことではなく又権利金の要求等をした覚えはないのであります。

二、告訴人の妻喜代子が肩書住所に於て金時堂なる商号で薬局を開設し又被告人は自動車を所有して居るのであります。昭和三十七年法律第一六一号を以つて薬事法が改正されそれが為め適法のものとする為め薬局改築の止むなきに至つたのであります。工事の序に規則違反の不完全なる自動車車庫及び倉庫、南側私道と所有宅地との境界塀の改築を一時に施工することにしたのでありす。

三、それが為めに一時本件物件を薬局、倉庫及び車庫等より随時取出し他に一時の置き場所が無いので三回に即ち昭和三十八年二月三日、二月廿一日、二月廿七日三回共店員茂木日出夫を手伝わして凡て午前九時半頃から十一時頃迄の間に告訴人に貸して無い被告人所有土地の告訴人方家屋南側と私道との間巾員七五センチ奥行四米六〇センチの告訴人に貸してない一坪六一の土地(図面A)と私道に若干跨ぎて置いたのであります決して告訴人の家屋には附着して居りません。

この私道は元々南北両側各戸が巾五米宛拠出して巾四米の私道としたのですが現在では巾員二米になつて居ります従つて之れが告訴人が云う向側の森屋壱雄の所有地と云うのは飛んでもない誤解です、従つて通行の出来る様に被告人は物を置いたのですから告訴人の外は誰れからも苦情等云つて来ませんでした。然してこれらの物件は最初搬出したものは一週間位最後の物でも工事完成前四月五日迄には全部収去搬出したのでありました。売物の貼紙二枚をしたものは売払つた方が好いと思つたものでありました。

四、告訴人は被告人が妨害の目的を以つて丸太材を横たえたり或は板戸を綱で縛り付けたりしたと云つて居りますが牽強附会も甚しいもので告訴人が二月五日と二十日頃の二回夜陰に乗じて薬品ガラスケース一枚硝子戸五枚商品ケースのガラス五枚を故意に打ち壊し為めに被告人は三万円以上の損害を被らされたのでありました。これを防禦する為めそれ等のガラスケースの外側に板戸を縛り付け、告訴人方へ横転を予防して丸太一本を被告人所有地上に取り付けたものであります。

五、告訴人は告訴人方南側私道上にブロツク塀を設置して告訴人の業務を妨害したと云つて居りますがこの塀は、被告人所有地内に私道に接して建設したもので従来長さ一五米三六センチの板塀であつたものが腐朽したので今回の改築工事によつて高さ一八〇センチ長さ一九米九六センチのブロツク塀にしたもので之れによつて私道と宅地の境界を明瞭にし盗難等の予防にしたものであります、南側私道と、宅地との境界全部に建設した為め内四米六〇センチは告訴人に貸してある土地の境界より七五センチ間隔があるのでありまして、西側公道に通ずる処に開戸があり、又告訴人方便所汲取口の処に通用木戸を設置してありますから汲取には何んの支障も無いのであります。被告人所有の土地に境界塀を建てるのに他人に兎や角云われる事はありません。それが為めに顧客が減じた等は告訴人の嘘であつて台所用青菓物商の告訴人の店は依然繁昌して居るのであります、台所用品は附近住民の生活必需品ですから買わずに居られるものではありません且つ又告訴人は損害の数額等示して居りません。

六、起訴状によれば物件を並べたから威力を用いたと又店舗南側に顧客の立入りを不可能ならしめたから業務妨害だとありますが、薬事法改正の結果改築に迫られ他に商品ケース等の置き場が無く工事終了まで手近の為め被告人本人の宅地と私道の一部に跨ぎて他に方法がなく止むを得ずして置いたことが威力の行使となるのでしようか民法には家屋工事の場合他人の隣地すら立入使用を認めて居るのではありませんか本件の場合どんな威力であつたか示してありません、又南側Aの宅地一坪六合は告訴人に貸してある土地ではなく告訴人が例え業務とは云え自由に使用出来る土地ではありませんからそれを使用せしめない為め顧客の出入が不自由になつたからといつて土地所有者である被告人が責任を負う法律上の根拠は何処にもありません。現に告訴人は借りて居ない西側公道に面した被告人の所有地Cの土地、〇・七四坪の土地を無断使用して顧客を自由に出入させ商売繁昌して居るのでありますのに被告人がどうして業務妨害の行為があつたと云うのはお可笑な話だと思います。以上要するに起訴状にも、判決書にも只だ威力を用いとあるのみで具体的にどんな威力なのか、示されておりません勿論被告人は威力など示した事実は無いのですから示し様も無いのであります。従つて威力妨害の犯罪構成要素を欠くもので無罪たるべきものであります。

原審判決は事実の認定と法律の適用を誤つたもので破棄さるべきであります。

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